本記事では「就業不能保険とは何か?」、「大学教員や研究者は加入する必要があるのか?」について、現役の大学教員が調べて考えた内容を記載しています。
簡単に結論を書くと以下の通りです。
- 自身が怪我や病気で今まで通りに働けなくなった場合に生活できなくなる家族がいる人は、就業不能保険への加入を検討する価値あり
- 学振PDの人は働けなくなった場合の公的保障が小さい (貰える障害年金が少ない) ので、特に就業不能保険の必要性が高い
以前に所属学会誌に寄稿した『若手研究者のための資産形成術』という記事の中で、保険とは「起こる可能性は低いが,起こった場合の損害が甚大である事項に備えるための仕組み」と記載しました。その観点に基づくと加入を検討すべき保険は「生命保険・火災保険・自動車保険」の3つだとも記載しました。この考え方は YouTube チャンネルの『両学長 リベラルアーツ大学』で紹介されていたものです。
最近、同チャンネルの下記の動画を見て、就業不能保険も加入を検討すべき保険ではないかと考えるようになりました。本記事では「就業不能保険とは何か?」、「大学教員や研究者は加入する必要があるのか?」について考えてみます。
【目次】
1. 就業不能保険とは何か?
生命保険と就業不能保険との違いを簡単に表にすると下記のようになります。
貰える人 | 貰える時 | |
生命保険 | 家族 | 加入者の死亡時 |
就業不能保険 | 加入者自身 | 加入者が怪我や病気で今まで通りに働けなくなった時 |
保険は「起こる可能性は低いが,起こった場合の損害が甚大である事項に備えるための仕組み」と上述しました。生命保険も就業不能保険も「自身に何かあって家計収入が減った (なくなった) 時に家族が生活できなくなる事態」に備える保険です。
生命保険と就業不能保険の違いは、生命保険が「加入者の死亡に備える」のに対して就業不能保険は「加入者が (死亡はしていないが) 従来通りに働けなくなった場合に備える」点です。
つまり「自身に何かあって収入が減った (なくなった) 時に生活できない家族がいる人」は生命保険だけではなく就業不能保険への加入を検討すべきということになります。
怪我や病気で働けなくなった場合の公的保障としてとして障害年金があります。就業不能保険への加入を検討する際には、障害年金でどの程度保障されるかを考慮する必要があります。障害年金については後述します。
2. 障害年金とは何か?
2-1. 障害年金の説明
障害年金とは「怪我や病気で働けなくなった場合に貰える年金」です。老後に貰える老齢年金 (いわゆる一般的な年金) と異なり、働けなくなった場合は20歳以上なら貰えます。
障害年金には「障害基礎年金」と「障害厚生年金」があります。違いを簡単に書くと下記の通りです。
- 障害基礎年金 → 全ての国民 (国民年金加入者) が貰える障害年金
- 障害厚生年金 → 障害基礎年金にプラスして貰える障害年金。会社員や公務員など厚生年金に加入している人が貰える
貰える対象の違いに注目すると下記の様に記載できます。
- 「障害基礎年金」のみ貰える → 国民年金加入者 (自営業者、学生、専業主婦、学振DC・PD)
- 「障害基礎年金+障害厚生年金」を貰える → 厚生年金加入者 (会社員、公務員、大学教員、研究者)
大学教員や研究者は大学や研究機関に雇用されており厚生年金に加入している場合がほとんどなので、障害基礎年金と障害厚生年金の両方が貰えます。
注意すべきは学術振興会の特別研究員 (学振) DCやPDの人は国民年金加入者なので、貰えるのは障害基礎年金のみという点です。つまり学振PDの人が働けなくなった場合に貰える障害年金の額は、大学や研究所に雇用されている大学教員や研究者より少ないことになります。
障害基礎年金だけではもしもの備えが不十分な可能性が高いので、養う家族がいる学振PDの人は就業不能保険への加入の必要性が高いと言えるでしょう。
2-2. 障害年金の等級
障害の程度 (等級) によって受け取る障害年金の種類と金額が異なります。超簡単に書くと下記の表の様になります。表中には学振PDと大学教員を例として記載しています。
等級 | 障害の程度 | 学振PDが貰える障害年金 | 大学教員が貰える障害年金 |
1級 | 介助なし生活できない | 障害基礎年金 | 障害基礎年金 + 障害厚生年金 |
2級 | 生活できるが労働できない | 障害基礎年金 | 障害基礎年金 + 障害厚生年金 |
3級 | 労働に制限がある | – | 障害厚生年金 |
学振PDの人は国民年金加入者なので、障害等級が1級あるいは2級と認定された場合は「障害基礎年金」が貰えます。一方、障害等級が3級と認定された場合でも障害年金は貰えません。
大学教員は厚生年金加入者なので、障害等級が1級あるいは2級と認定された場合は「障害基礎年金 + 障害厚生年金」が貰えます。障害等級が3級と認定された場合は障害厚生年金のみ貰えます。
この表からも学振PDの人は大学教員よりも障害を負った場合の備えを厚くしておく方が良いことが分かります。
2-3. 障害年金の受給資格
障害年金を受給するためには国民年金あるいは厚生年金に加入している必要があります。年金保険料を納めていないと障害年金を貰うことはできません。
大学や研究所に雇用されている (厚生年金に加入している) 大学教員や研究者は、給料から年金保険料が天引きされるので、年金保険料が未納状態になることはありません。
一方、学生や学振DC・PDの人は自身で国民年金の保険料を払う必要があります。払い忘れると未納状態になって、有事の際に障害年金が貰えなくなります。忘れずに年金保険料を払いましょう。
学生で経済的に年金保険料を払うのが難しい人は、在学中の保険料の納付が猶予される「学生納付特例制度」の申請を出しましょう。「学生納付特例制度」の申請をしていれば、有事の際にも障害年金が貰えます。何も申請もせずに年金保険料も払っていないいわゆる未納状態になることは避けましょう。障害を負っても障害年金が貰えなくなる可能性があります。
3. 就業不能保険への加入を検討する手順
下記に「就業不能保険への加入を検討するための具体的な手順」について記載します。
3-1. 最低限必要な生活費を知る
家賃・食費・消耗品費・養育費など生きていくのに最低限必要な金額を知りましょう。怪我や病気で働けなくなっても、最低限の生活費が確保できるならひとまず安心ということになります。
生活費を把握するためには家計簿をつけることがおすすめです。今の時代は便利な家計簿アプリが沢山あり、クレジットカードと連携すれば自動で記載してくれます。家計簿アプリについては下記の記事も参照してください。
本来はこの生活費に怪我や病気で働けなくなった時の医療費や介護費も含める必要があります。しかし医療費や介護費を正確に見積もることは難しいので、ひとまず生活費に含めなくて良いと思います。心配なら必要な生活費をやや多めに見積もっておくと安心です。
3-2. 貰える障害年金の額を調べる
次に貰える障害年金の具体的な金額を調べます。障害年金には障害基礎年金と障害厚生年金がありますが、両者には「障害年金を貰うようになるまでの年収」と「貰える年金額」との関係について以下の違いがあります。
- 障害基礎年金 → 年収にかかわらず貰える年金額が一定
- 障害厚生年金 → 年収によって貰える年金額が変わる
貰える障害基礎年金の金額を簡単に書くと下記のようになります。
等級/ 障害基礎年金の給付額 | 独身あるいは子供なし | 子供あり (2人まで) | 子供あり (3人目以降) |
1級 | 99万円/年 | ←に23万円/人を加算 | ←に8万円/人を加算 |
2級 | 80万円/年 | ←に23万円/人を加算 | ←に8万円/人を加算 |
3級 | – | – | – |
障害の等級や子供の人数に応じて貰える金額が変わってきます。また障害等級が3級の場合は障害基礎年金を貰うことはできません。詳細は下記の日本年金機構のホームページで確認してください。
一方、貰える障害厚生年金の金額は厚生年金への加入期間や納付した保険料 (年収により変動) により変わるため、正確な金額を算出することがやや難しいです。金額の目安を知るために、下記のような障害年金の金額を計算シミュレーションしてくれるサイトを利用するのも良いと思います。
3-3. 「最低限必要な生活費」と「貰える障害年金額」の差額を埋めるように就業不能保険に加入する
「最低限必要な生活費」と「貰える障害年金額」の差額が、働けなくなった時に足りなくなる生活費です。この差額を埋めるように就業不能保険に加入しましょう。
計算の具体例として、「月給36万円 (年収434万円)、年金加入期間3年、配偶者あり、子供1人、生活費18万円/月」の学振PDと大学教員が障害等級が1級になった場合に貰える障害年金額と不足する生活費を比較してみます。
学振PD | 大学教員 | |
貰える障害年金 (1級) の種類 | 障害基礎年金 | 障害基礎年金 + 障害厚生年金 |
①貰える障害年金 (1級) の月額 | 10万円/月 | 18万円/月 |
②必要な生活費の月額 | 18万円/月 | 18万円/月 |
不足する生活費の月額 (②-①) | -8万円/月 | 0円/月 |
月給36万円と年金加入期間3年は、2023年度の学振PDが貰える給与額と雇用年数を基にしました。計算には上述のシミュレーションサイトを利用しました。
表から分かる通り、障害等級が1級になった場合に学振PDの人が不足する生活費が8万円/月です。この不足する生活費を補うように就業不能保険に加入するべきでしょう。
一方、大学教員の場合は障害厚生年金が貰えるため、生活費の不足はありません。この場合は就業不能保険に加入する必要性は低いと言えるでしょう。
上述の表では障害等級が1級の場合で計算しました。障害等級が2級あるいは3級となった場合は今まで通りとはいかなくとも働くことができるので、減少した給与収入も考慮して就業不能保険の金額を決めるのが適切です。
しかし障害等級が2級あるいは3級になった場合の自身の給与収入を正確に予想するのは難しいと思います。ひとまず自身が全く働けなくなった時 (障害等級1級になった時) を想定してシミュレーションするのが簡単だと思います。
私は就業不能保険に入っておらず、おすすめの就業不能保険を具体的に紹介することはしません。上述の『両学長 リベラルアーツ大学』の動画や下記の動画を見て検討してください。
4. その他の留意事項
- 生命保険に加入している場合に重い障害状態 (高度障害状態) になると、保険金が貰える場合があります。生命保険金に加入している場合は、高度障害状態時に貰える生命保険金額も考慮して就業不能保険の金額を決めましょう。
- 学振PDを経験した後に大学・研究所・企業に就職した場合は厚生年金に加入することになります。厚生年金に加入すると障害年金の金額が増えるので、学振PD時代に加入した就業不能保険の金額も見直しましょう。
- 就業不能保険は障害等級3級になっても貰えません。しかも3級で貰える障害厚生年金の金額は安く、障害基礎年金にしか貰えない学振PDの人は3級になっても障害年金を貰うことはできません。しかしながら3級になった場合に備える有効な対策はありません。強いて言えば、2級に相当するなら医師に診断書を適切に書いてもらって2級の判断を受ける、3級になっても今の仕事を安易に辞めない (再就職が難しい可能性があるため)、障害をおっても働けるようなスキルを身に着けておく位でしょうか。
5. まとめ
- 就業不能保険は生命保険と同様に「自身にもしものことがあった場合に生活できなくなる家族がいる人」が加入を検討すべき保険
- 「自身が怪我や病気で今まで通りに働けなくなった場合に生活できなくなる家族がいる人」は就業不能保険への加入を検討する価値あり
- 学振PDの人は働けなくなった場合の公的保障が小さい (貰える障害年金の金額が少ない) ので、就業不能保険へ加入の必要性が高い
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